信 仰 ・ 祈 り
青 い 皿 縁 い つ ま で も 滑 ら か に
あ お い さ ら ふ ち い つ ま で も な め ら か に
浜 屋 界 俳句に代える短い詞
は ま や わ た る 詠 唱 性 の ノ ー ト
青 い 皿 縁 い つ ま で も 滑 ら か に
あ お い さ ら ふ ち い つ ま で も な め ら か に
浜 屋 界 俳句に代える短い詞
は ま や わ た る 詠 唱 性 の ノ ー ト
バイオレット コートという名前の由来となった
この土地のスミレが咲いています。
庭が赤土の更地であった頃、ほかに何も
草が生えてこないような庭に咲いてくれたスミレは、
株と株の間が20~30cm空いたまばらな感じで咲いていました。
株を掘り上げて、パンジーのように寄せて植え替えても、
翌春には元のようにまばらな状態で生えてきました。
スミレは密植を嫌うのだなと思っていました。
上掲写真のスミレは隣接する道路の縁石と
アスファルトの隙間に生えています。
そこがスミレにとって良い環境なのか、
年々株が増えてきて ミニブーケのような
程良い密植状態となっています。
葉と花の大きさ・形は正常で、矮化の傾向はみられません。
単独のパイオニア植物としての強靭さに加えて、
他の植物との共生にも長けているようです。
ヘラオオバコと西洋タンポポという
剛のものに伍して咲いているスミレ。
このスミレの咲く上空を、いつもならば
ツバメが飛び交っているのですが、今年はいまだに
古巣に戻って来てはいない。
そのせいか、街が妙に静かです。
いつの間にか、ソメイヨシノは葉桜がちになり
いつだったのか、花吹雪の後の花びらが
道路に散り敷いています。
道端の花びらの堆積は例年に比べて
とても少なく感じます。
近くの公園のケヤキも芽吹き始めました。
ふいに3羽ほどのツバメが囀りながら飛び過ぎて行きました。
公園の樹々を眺めながら耳を澄ませました。
ツバメの声を探って、耳を澄ませました。
ヒヨドリ、シジュウカラ、カラス、スズメ、コゲラ、
だいぶ遠くで囀っているカワラヒワの声が
ひばりの囀りのようにも聞こえます。
飛び過ぎて行ったツバメは翼をしきりに
羽ばたかせていました。
しばらく耳を澄ませていましたが、
ツバメの声は聞こえませんでした。
武蔵野を通過して、
ツバメはただ今、北上中と思われます。
小田原の御幸の浜に出てみると
浜風が強く吹いて、潮の飛沫が
景色を白く霞ませています。
浜の小石が 音をたてて もまれているほどの
波の中へ 平気で入っていく子供達がいました。
子供達の肌がとても良く陽に焼けている。
浮き輪のようなものは何も持っていない。
彼等はこのような波にも じゅうぶんに慣れているようだ。
浜からの帰り、いつもとは違う小道の傍らに
丁寧に祀られている石像を見ました。
はたして いかなる日に、いかなる人らによって
これほどまでの石像は 建立されたのであろうか?
( 2010.8.12 掲載 )
※ 強い波を恐れずに海へ入っていく子供達に驚いたのは、去年の夏のことでした。
( 2011.3.27 再掲載 )
風 と 日 光 と 変 奏 止 ま ぬ 氷 柱 の 根
かぜ と ひ と へんそう やまぬ つらら の ね
浜 屋 界 俳句に代える短い詞
は ま や わ た る 詠 唱 性 の ノ ー ト
それを吹奏するのは
いったい 何処から来る者なのか。
浜 屋 界 俳句に代える短い詞 詠 唱 性 の ノ ー ト
窓 開 き 大 き な 星 座 確 か め る
ま ど ひ ら き お お き な せ い ざ た し か め る
浜 屋 界 俳句に代える短い詞
は ま や わ た る 詠 唱 性 の ノ ー ト
‥‥‥ 揺れる感じがいつまでも身体に残る時、
窓を開けて、彼の全身を構成する星々を確かめる。
浜屋 界 俳句に代える短い詞 詠唱性のノート
中央通りと呼ばれる道路の歩道には
沿道の商店組合によって設置された
街灯が並んでいます。
そのそれぞれの街灯の四角い柱部分には、
有志の方によって、「童句」を記したプレートが
付けられています。
「童句」はこの街で生まれ
このようにはぐくまれています。
この街灯には、最近、青い垂れ幕がなびいています。
女子サッカーチーム・ASエルフェン狭山FCを応援するものです。
昨年末、強豪チームと対戦している選手達の姿をニュースで拝見しました。
武蔵野のグラウンドで日々練習をしている選手達が、遠方へ試合に行き
そして戻ってくる時、この道を通るでしょうか。
ここは選手達のホームグラウンドの街である事を
空色の垂れ幕は知らせています。
歩道の整備工事が終わって、落ち着きを取り戻した
入間市の二本木宿の道を久しぶりに通りました。
この道を通ることのなかった三年程の間に
整備工事はすっかり完了したようです。
工事が何期かに別かれて少しずつ進んでいた頃、
気がかりな事がありました。
二本木宿の中ほどに在るおおらかな屋敷門が
歩道工事によって無くなってしまうのではないかと。
やはり、当時も記したのですが
心配することなど無かったようです。
歩道となったぶんを、塀と門とが後退して
バス停留所とともに残されています。
あの赤松の樹が見えないのは残念ですが。
今、都心部では再開発が盛んに行はれ、
巨大なビルが解体されて、3ヶ月ほどで
すっかり更地となってしまうのを眼にします。
失はれてしまうもの、遺されるもの。
一時の決心で済む事と、後々までをも担う人の決意と。
無言の宝物は、通りすがりの者をも癒す。
※ 入間市 二本木宿の面影ー Ⅶ : 2008年1月21日掲載をご覧ください。
12月の花の市場はとてもいそがしくなります。
月の初め頃までにほとんどの花市場で品評会が開かれます。
贈答用のすばらしい仕上がりのシクラメンや胡蝶蘭が大量に入荷し、
早朝の寒い市場内もたいへん賑やかになります。
そして、1週間ごとに、千両市、松市という順に開かれ、あっという間に
年の暮れになってしまいます。
25日頃には、大きな門松が市場に到着し、
老舗の花舗は早速お得意様のもとへお届けになる。
門松の配達と回収は腰を痛めやすいちょっとした重労働です。
据えた門松には、梅の花枝をそえます。古梅の花枝には
緑青色の苔が付き、とても趣があります。
切り花も正月飾り用の華やかなものが入荷して
賑やかにせわしく年の暮れとなっていきます。
仕事を終えて、夜に家の近くまで戻って来ると、
夜風がとても甘い香りをともなっていました。
この季節には感じることの無い香りです。
それが何を意味するかは解っていました。
近くの道路の中央分離帯に植わっていた街路樹が、
道路車線の拡幅工事に先立って伐採されました。
以前から桜の樹の幹に赤いテープが巻かれ、
伐採予定樹である事を知らされていました。

今年の4月2日に撮影した桜樹。
染井吉野よりも早く咲き、桜色の濃い一重咲きの桜。
中央分離帯に植えられた他種の桜樹に比べて
樹の成長は遅く、植えられてから30年以上経つ
のですが、小柄な姿でありました。
今はまだ、伐り株が残っていますが、年が明ければ
根も掘り上げられ、整備工事は進むでしょう。
この地域に春を告げてくれた使者と
ささやかな お別れ。
さようなら、桜の樹。